宣教師と妻と母の3つの帽子をかぶりながら奮闘中の宣教主婦、尾関祐子のブログです。北米での日本人宣教と帰国者のフォローアップの宣教団体、JCFNで働いています。JCFNの詳しい働きについては、www.jcfn.orgへ。


by yukoozeki

羽仁もと子さん

CWITから帰ってきてからの1週間、実はムスメ1号のことでいろいろトラブルがあった。

それで、子育てのことをまたいろいろと考えさせられていたのだが、タイムリーにも、シカゴのはちこさんのお宅で羽仁もと子さんの本をお借りしていたので、一気に読んでしまった。

実は恥ずかしながら、今まで羽仁さんの本を読んだことがなかったのですが、一冊読んだ感想としては、「これは、はまりそう~~~~。もっと読んでみたい!!」

もちろん、時代背景とかいろいろ今とは異なることもあるのだけれど、今読んでも全然古くない。
教育「技術」ではなく、クリスチャンとしての信仰を土台とした教育「哲学」が書かれていたので、とってもわかりやすく、心にストン、と落ちてきた。

特に「子供を叱るのとほめるのと」ということについて、「うわべだけでほめても、一時的な効果はあっても、長期的には、技巧的な教育者と軽薄に慢心した子供ができあがるだけ」というくだりがあり、

「うーーん。確かに。」とうならされ、納得させられ。

今どきの子育ての本とかの主流は「とりあえずほめる」っていう感じなので、私もなるべく努力してムスメたちをほめるようにしてきた。

それは全然悪いことではないとは思うし、けなされるよりもほめられるほうが人間すくすくと育つとは今も思う。しかし、今回のムスメの学校でのトラブルなどを見るときに、やはりしっかりとムスメと対決し、諌めたり、諭し教えたり、の部分が欠けていたからなのでは?と思い当たる節があったので、なるほど、子育ては、口先や態度だけの技術ではない、人格対人格の真剣勝負なのだ、と改めて教えられたような気がした。

そして、それは子育てだけでなく、クリスチャンとしてほかの人の成長に関わるときも同じ。
その人が受け入れられていると感じることのできる態度や言葉はある程度技術で身に着けることができる。でも、本気でその人の人格と関わり愛することは、技術だけではできない。

子育てについて、また弟子訓練について、色々と考えさせられる本だった。
読む機会が与えられたことを感謝。
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by yukoozeki | 2014-03-05 14:31 | Motherhood