宣教師と妻と母の3つの帽子をかぶりながら奮闘中の宣教主婦、尾関祐子のブログです。北米での日本人宣教と帰国者のフォローアップの宣教団体、JCFNで働いています。JCFNの詳しい働きについては、www.jcfn.orgへ。


by yukoozeki

カテゴリ:Testimonies( 6 )

CWIT2014を終えて

 このシカゴでの3日間は私にとってのSabbathだったように思う。

 事前の準備は、色々とDiscouragingなことが起こった。実行委員長を引き受けてくれた人が処々の理由により、実行委員から完全に外れることになり、一旦は企画そのものが白紙に戻ったかのように思われた時もある。もう一度時期をずらしてやろう、と決めた後も、自分自身とても忙しい中で、CWITの準備のために十分に時間が取れたとは言えない。直前になって、もう一人、別の実行委員だった人が愛する家族の病気のため、帰国して参加することができなくなったり、また別の人が同じく家族の事情で日本に3週間帰らなければならなくなったり、またまた別の人が妊娠がわかりつわりで体調が悪くなったり、と思い返せば波乱万丈な準備期間だった。

 シカゴに行く週のはじめに、Emotional Breakdownを経験した。それに気が付いた夫が、自分の行くはずだった修養会に行くのをやめ、子供の面倒を一日見てくれたことにより、静まり、C-WITでする証の準備のための時間を取ることができた。神様との静かな時間の中で心がすーっと主の平安で覆われたような気がした。そこがTurning Pointとなって、それ以降、シカゴへ行く道中で飛行機が数時間遅れた時も、また、C-WITがはじまってからも、終わった後も、すべてが神様の御手の中で守られ、祝福され、感謝と喜びで満ちた旅となった。

 C-WITはリーダーシップ訓練のためのカンファレンスだったが、所謂普通のリーダーシップ訓練会とはまったく違ったものになった。初期の実行委員会のBrainstorming ディスカッションの中で、そもそも、聖書にはリーダーシップそのものについて教えている箇所はあまりなくて、強調されているのは、あくまで「キリストの弟子になること」「イエス様に倣う者となること」だよね、とリーダーシップ訓練を企画しているのに、それを真向から覆すような話し合いがなされ、「じゃあ、何のためにやるの?」と頭がクラクラするようなこともあった。その中から、最終的には「Jesus Style:キリストが自分の内に形作られる」ことを中心に、JCFNの4つのC(Calling, Character, Community, Commission)を軸に、自分の召し、賜物、ビジョンを考え、キリストに似た者と変えられるための修練、それをコミュニティの中でどのように助けあっていくか、ということを学ぶことに落ち着いた。

 はじめは、若いミニストリーのやり方(Know How)を学びたいと思っているリーダーたちが、このような話にあまりピンと来ないのではないか?という不安もあった。しかしそれは杞憂に終わったように思う。セッションの終わりの証会の時間で、一人の兄弟が、「今日は恵みのリーダーシップ訓練会を体験しました。」と言ったとき、参加者たちが自分の力で頑張るのではなく、弱いままで自分を神様に差し出す時に、神様が私たちの内に働き、私たちを作りかえ、そして私たちを用いてほかの人たちのLife Transformationに関わらせてくださる、それこそがJesus Style Leadershipだということを学んでくれたことがわかり、とてもうれしかった。
 
 私自身ももっとUnhurriedになること、聖霊の働くスペースを生活の中で作ることを準備の中で深く教えられた。

 前後のシカゴでの交わりも恵まれた。子育てから一時離れ、ゆっくりとたっぷりとした時間をとることができ、交わりの中で学ぶことができたことを感謝している。自分がProductiveであること、Efficientであることを追求しすぎるがゆえにそれが子育てによってできなくなっていることによるFrustrationを感じる悪循環を持っている、という弱さも、今回のC-WITを通して気づかされた。そこから解放してくださり、重荷の負い方を教えてくださる主に聞きつつ日々歩みたい、日々作り変えてくださる主に期待しつつ歩みたいと思わされている。

最後に、この機会を与えるために、送り出してくれた夫と子供たちにもに心から感謝。

主に栄光をお返ししつつ。

「わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎがきます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」(マタイ11:29-30)
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by yukoozeki | 2014-02-25 06:46 | Testimonies
WITは無事に終わったようです。
昨日はまた、WIT参加者の女の子2人が家に泊まり、しばし交わりのときを持ちました。
心燃やされている彼女たちの証に励まされました。

今日は朝一人、そして午後一人、彼女たちを空港に送ってWIT終了です。お疲れ様でした。

さて、金曜日の朝にWITでした証を記録のためにここに掲載しておきます。

+++

Theme:
使命を見失ったとき。

Theme Verse:
「いのちのことばをしっかり握って、彼らの間で世の光として輝くためです。(ピリピ2:16)

Objective:
使命を見失うとき、召しの確信が揺さぶられるとき、自分を召された神様のみことばがもう一度自分を立ち上がらせる。自分が召されたときのみことばをしっかり握り締め、いつも思い巡らすことが、使命にとどまり続けるKeyとなる。

+++
こんにちは。JCFNのスタッフをして、今年で9年目になります。「毎年救われて日本に帰っていく帰国者たちの8割以上が帰国後教会から離れてしまうなんて、もったいない!」というHoly Discontentが、私をこの働きに導くきっかけとなりました。

2000年の秋からスタッフになり、自分のSHAPEにあった仕事をさせてもらっていたわけですが、2007年の1月の結婚、そして、去年7月の出産を通して、つい最近まで召しの確信をぐらぐらにされる、いわば自分の使命を見失ってしまった経験を通されたので、今日は「使命を見失ったとき」というテーマで短くお話したいと思います。

どうして結婚と出産によって使命を見失ったのだろう、と今考えてみると、まず、やりたいことができなくなったからです。長期出張や頻繁な巡回をすることが難しくなり、また夜遅くまで働いたり人と会ったりすることができなくなりました。そして、やりたくないことを多くやるようになりました。自分のあまり好きではない、会計とか事務作業を多く任されるようになりました。このような仕事は、私にとって、SHAPEのAbilityの部分はあっても、passion、SHAPEのHの部分があまりない仕事だったわけです。

それでも、家庭を開放してのバイブルスタディが祝福されたり人が救われたり、夫婦でミニストリーをする恵みを体験したり、でそれなりに進んでいたのですが、去年の夏WITを直前に、予定日よりも3週間前に出産し、それからはもう子育て一色の生活がはじまり、やりたいもやりたくないも、まったく何もできない状態になりました。2ヶ月の産休の後、仕事に復帰したことはしたのですが、心はミニストリーにはあらず、で、ひたすら慣れない子育てに没頭しつつ、「何もできない」自分にFrustrationをため続ける毎日を送りました。もちろんライフステージ的に、Temporaryでこういう時期があるのはOKだとは思うのですが、私の場合は、もともと、出産前から使命に対するPassionが薄くなってきたところにあった、とどめの一発!のような形で出産が来たので、「どうして、私はまだJCFNやっているんだろう。やめても誰も責めないよね~。むしろ、JCFNを続ける理由ってあるんだろうか~?」と心ひそかに思うようになりました。しかし、夫は、私がJCFNを続けるように励まし犠牲を払って協力してくれるし、JCFNの猫の手も借りたい深刻な人手不足はわかっていたので、「それでもやらないよりはちょっとでもやった方がヘルプになる。」というような思いで半年以上すごしてきたような気がします。そして、忙しくて、寝不足でふらふらしながら仕事をしているSちゃんやCちゃんに対して罪悪感がいっぱいで、「ごめんね~。手伝えなくて」といつも謝っていました。

自分がもう一度使命を建て直されたのは、3月末に日本で行われたAll Nations Returnee Conferenceです。それはとてもとても単純なきっかけで起こりました。一日目のメッセージで語られたみことばが、私がアメリカに留学をしたきっかけとなったみことばだったのです。正確には、私が留学のときにいただいたみことばは、ヘブル11:8 

「信仰によってアブラハムは、相続財産として受け取るべき地に出て行けとの召しを受けたとき、これに従い、どこに行くのかを知らないで、でていきました。」

というところで、語られたのは、創世記12:1-2 

「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は祝福となる。」 

だったのですが、みことばを通して、海外に出てきた自分がどれほど神様に祝福されたか、どれほど恵まれたか、ということをもう一度Remindさせられたのです。そして、同じように海外にでてきた人たち(クリ・ノンクリを問わず)と神様の祝福を分かち合う、このJCFNの働きに神様が召してくださったのだ、ともう一度再確認させられました。実は恥ずかしながら、今まで自分はJCFNでないといけない理由は何もなく、KGKだろうが、InterVarsityだろうが、どこでも働き場はよくて、自分はたまたまJCFNで働いているに過ぎない、と思っていたのです。しかし今回のこの体験を通して、「海外経験者」へのミニストリーに自分が召されている、ということをはっきりしっかり教えられました。

 それだけでも十分恵みでしたが、最後の日に語られたメッセージで語られたみことばは、なんと、私が結婚に導かれた御言葉だったのです。

「あなたがたががわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも、父があなたがたにお与えになるためです。」(ヨハネ15:16)

このみことばを通して、私がミニストリーにとってDisadvantageだと思っていた、結婚や出産も、神様にとっては実を結ばせるものだということをもう一度Remindさせられると同時に、この2つのメッセージを通して、神様は、あなたがここまで通ってきた道はすべてわたしが導いた、間違っていないよ、大丈夫、そのまま先に進みなさい。そのように言われたような気がしたのです。
 
 さて、All Nationsが終わっても、私の状況は変りません。相変わらず子育てにほとんどの時間を使い、なかなかミニストリーを思うようにはできません。今回のWITも、このように全参加はできず、この一コマだけ許されて参加しています。しかし、今は、自分の使命をはっきりと持っています。使命を見失いそうになったとき、私を引き戻したのは、I can’t stand anymore!というHoly Discontentではなく、自分が何かできるとか、賜物があるとかのSHAPEでもありませんでした。かつて自分の召しを確信したMile Stoneとなったみことばでした。ですから、みなさんにお勧めしたいと思います。自分の使命を書き出すと同時に、そのことに関する神様からのConfirmationとなるみことばを必ずもらってください。それを書き出し、いつでもそれを思い出せるようにしてください。私たちの周りを取り巻く環境が変ったり、霊的に落ち込んだりしたときに、そのみことばがもう一度私たちを立ち上がらせてくれます。これから、帰国して、環境が変わる人もいるでしょう。一緒に働いていた仲間がいなくなる人、状況的に今のようにミニストリーをすることが許されなくなる人たちもいるかもしれません。しかし、最終的に私たちを使命に立たせ、進ませてくださるのは、神様のみことばです。

「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださるのです。…それは、あなたがたが、非難されるところのない純真な者となり、また、曲がった邪悪な世代の中にあって傷のない神の子どもとなり、いのちのことばをしっかり握って、彼らの間で世の光として輝くためです。」(ピリピ2:16)
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by yukoozeki | 2009-07-20 14:19 | Testimonies

5つのパンと2匹の魚

かれこれ2ヶ月ほど前、オットが家庭礼拝をはじめよう、と言い出した。
ムスメが生まれて以来、なかなか夫婦でみことばを分かち合ったり祈ったりする時間が取れなくなっていたからである。

それで、毎日ムスメを寝かしつけた後の約30分、家庭礼拝が始まった。
何か学びの要素も取り入れたいね、ということで、サドルバック教会が発行している、Drive Time Devotionを聞くことにしたのだが、これが、すんごくいい。

講解メッセージなのに毎日の生活にとても当てはめやすく、考えさせられる。

今日の箇所は、マルコ6章31-44節だった。
5つのパンと2匹の魚の箇所。

実はこの箇所は、私がJCFNの主事として就任するときに語られたみことばであったことをもう一度思い出した。(それで宣教報告のタイトルがFood For Fivethousandなのだった。)

それで、JCFN就任式のときの証をそういえば書いたな、と思い出したので、以下に掲載。
そうだよ、そういう風に語られたんだよ~、とまた語られた。感謝。

(そういえば、就任当時はアメリカは2年だけ、後は日本で活動する予定だった。今年ですでに9年目なんですけど...)

++++


「なくなる食物のためではなく、いつまでも保ち、永遠のいのちに至る食物の為に働きなさい。」
(ヨハネ6:27)


主の御名を賛美いたします。皆様のお祈りとサポートを本当にありがとうございました。11月27日に、コロラドの地、デンバーにJCFN主事として無事に着任いたしました。JCFNへの召しを確信して約1年半、主はお約束通り、私をこの地に導いてくださった事を本当に感謝いたします。

それにともない、去る10月29日(日)、母教会である高槻福音自由教会においてJCFN就任・派遣式をもち、教会の方々、JCFN関係者、そして、学生時代の仲間達、いつも祈りサポートしてくれている友人・知人達と共に主の前に出、主の召しとその責任を改めて受けとめる時となりました。以下は、派遣式でした証の抜粋ですが、この1年半の日本での活動から主に教えられたことを分かちあいたいと思います。

私のJCFNへの召しは、5つのパンと2つの魚の有名な箇所から与えられました。それは、たとえ自分が持っているものが小さくても、イエス様の手に差し出すとき、5000人もの人を養うほどの大きな御業を見せてくださる、という確信です。アメリカで多くの救われる日本人に接し、Equipper Conferenceなどの修養会で日本人クリスチャンが一同に会し共に主を礼拝する事を見る経験は、自分にとってはまさに5000人への恵みの幻を見るようなときでした。イエス様を海外で信じた多くの若者達が日本に宣教の為に遣わされていく、その姿を見ながら、神様はこの人達を用いて、日本でもこの恵みを何倍にも増やして下さるだろう。私はそれが見たいです。私は小さいものですし、JCFNも小さいです。帰国者達もとても小さな者ですが、どうか、この小さな者たちと持てる小さなパンと魚を用いてください、という祈りを捧げました。

しかし、帰国してから約1年半、日本で見た現実は、小さな、増えないままのパンと魚でした。もちろん、元気に日本で証をしている帰国者達にも多く出会いました。しかし、日本社会と家族との関係の中で、ある者は教会に行く事をやめ、また、クリスチャンとしての生活も危うい、救いの確信さえ揺らいでしまっているような帰国者達と話しながら、「神様、彼らはどうして、こんなに、弱いのでしょう。やはり統計が示すように80%、90%の人たちは、クリスチャンであることをやめてしまうのでしょうか?」と悲しくなってしまう事もしばしばありました。

そんな中で与えられた御言葉は、

「まことに、まことに、あなたがたに告げます。あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからです。なくなる食物のためではなく、いつまでも保ち、永遠のいのちに至る食物の為に働きなさい。」(ヨハネ6:26~27)

という箇所でした。
私はこのJCFNのミニストリーの中で、「増えたパンによる満腹」と「イエス様ご自身」のどちらを求めているのだろうか、と深く心を探られました。アメリカにいて、喜びに満たされている日本人クリスチャン達を見るのは、私にとってはイエス様によって増やされたパンと魚を見るようなものでした。だから、日本に帰ってきてから、教会に行かなくなってしまう人を見ると、いつでも、「イエス様、もっとパンを増やしてください。帰国者クリスチャン達が、日本でも霊に燃やされて、ばりばり証をしているのが見たいのです。」と心の中で思っていたのです。また、帰国者達自身の「あのアメリカでの心燃やされる経験がもう一度欲しい。クリスチャンに取り囲まれている環境が欲しい。あの暖かい楽しいフェローシップがあれば、私は信仰を保ちつづける事ができるのに。」という声を聞いていました。

もちろん、イエス様はその祈りを聞き、答える事のできる方です。しかし、彼は、パンが増えた興奮や満腹感を求める群集に向かって言われた事は、いつかはなくなってしまうパンの代わりに主ご自身を求めなさい、ということでした。

「わたしがいのちのパンです。わたしに来るものは決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。」(6:35)

「父がわたしにお与えになる者はみな、わたしのところにきます。そしてわたしのところに来る者をわたしは決して捨てません。」(6:37)


わたしは、帰国者達が「増えたパン」という現象、アメリカでの交わりの満足感や、賛美や教会の素晴らしさによる、一時的な満足感を日本で得られることができない、ということに失望して、「いのちのパン」そのものであるイエス様ご自身が、帰国者一人一人を完全に満たす事ができる方である、ということを見失っていたような気がしました。本当に彼らに必要なのは、「人はパンだけで生きるのではない。神の口からでる一つ一つのことばによる。」との御言葉通り、イエス様御自身を持つ事なのです。

これから約2年間アメリカでの働きが始まろうとしています。そこで出会う一人一人と共に「いのちのパン」であるイエス様を一緒に求めて行きたい、と思います。その中で、主御自身が

「わたしを遣わしてくださった方の御心は、わたしに与えてくださったすべての者を、わたしがひとりも失うことなく、ひとりひとりが終りの日によみがえる事です。」(6:39)

の御言葉の通りに、海外で救われて行くクリスチャンが一人も失われる事なく永遠のいのちを持つことができるようになる、という御言葉を実現してくださる事を期待して、祈って行きたい、と思っています。
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by yukoozeki | 2009-06-27 13:43 | Testimonies

結婚に導かれた経緯

私は幼いときから母に連れられて教会に行き、人生のほとんどをイエス様と共に歩むという恵みの中で育ちました。ですから、尾関さんに交際を申し込まれ、はじめてお互いの生まれ育った背景や救いの証をしあったとき、本当に面白いぐらい違う人生を歩んできたんだなあ、としみじみ感じました。

クリスチャンの結婚の導きの証を聞くとき、夢の中で名前が示された、とか、超自然的に導かれた話を聞くことがありますが、私たちの場合は、そのようなびっくりするような出来事はなく、ただ日々の歩みの中で、また、お互いに知り合っていくプロセスの中で、神さまが2人の心に結婚への思いと確信を与え、導いてくださったと思います。高校生ぐらいの時から教会のスタッフやいろいろな人たちに、結婚のために具体的に条件をあげて祈りなさい、と言われていましたが、私の条件は、「尊敬できる人」「リーダーシップのある人」そして、「日本人宣教に重荷のある人」の3つでした。神さまはこのリクエストをすべて答えてくださる人を与えてくださったと心から感謝しています。

結婚を考えていくにあたって一番チャレンジだったのことは、これから自分のミニストリーはどうなっていくのだろう、ということでした。実は、昨年の年末の修養会で私はすごく恵まれ満たされる経験をして、その中で、「神さま、私は本当にあなたの近くにいて、この素晴らしいミニストリーを続けていきたいです。もし、結婚がこの働きが妨げるなら、一生結婚しなくても大丈夫です。あなたが働いているこの場所にいるだけで私は本当に幸せです。」とお祈りしていたのです。ですから、2週間後に彼から交際を申し込まれた時、「あれ?神さま、ちょっと祈ったことと違うんですけど。」とかなり戸惑いました。

しかし、御心を求めていく中で、神さまが私に与えて下さろうとしているものは、本当に十分過ぎるほどによいものであり、また、ヨハネ15章16~17節の

「あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも、父があなたがたにお与えになるためです。あなたがたが互いに愛し合うこと、これが、わたしのあなたがたに与える戒めです。」

というみことばにより、この結婚が神さまの選びあることと、今度は一人ではなく二人として遣わされること、そして、実を結んでいくのだ、ということを確信することができました。

これからのミニストリーの中で、2人の違うバックグランドや性格がどのように用いられていくのか楽しみです。ミニストリーの範囲も、学生だけでなく社会人や主婦の人たちにも広げられつつあります。少しずつ引き続き皆さんのお祈りをよろしくお願いいたします。ありがとうございました。

2006年9月10日
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by yukoozeki | 2009-04-01 14:40 | Testimonies
「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」(イザヤ43:4)

私は高校一年生になる15歳の春にイエス様を自分の救い主として、受け入れました。そして、高校2年生のときに、自分を神様に生涯おささげします、という祈りをささげました。どのような形かわかりませんが、神様用いてください、という祈りだったと思います。それから大学に入り、2年生のときに神様からはっきりと、召しの御言葉が与えられました。それは2テモテ2:15

「あなたは、熟練した者、すなわち、真理の御言葉をまっすぐに解き明かす、恥じる事のない働き人として、自分を神にささげるよう勤め励みなさい。」

という御言葉です。そのときから、真剣に「自分を神にささげる」というのはどういう意味だろう、どのように自分は神様に用いていただく事が出来るようになるだろう、と考えるようになりました。大学4年になり、就職を考えるときに神学校にいく道を考えましたが、父の死が重なったことと、どんな形であっても神様が召してくださる所で働くのが献身だ、という思いが与えられ、普通の企業に就職する事になりました。この3年間は今思えば、社会を知る事の出来る、貴重なときだったと思います。しかし、今までKGKを通して、また、教会の中高生会ののスタッフをすることによって御言葉漬けだった大学のときに比べ、信仰はかなりダウンし、教会に通い、デボーションを形式的にするのが精一杯、という毎日だったと記憶しています。

そのような私にも転機が訪れました。アメリカ留学です。この事を最初に考えたきっかけは、阿武山福音自由教会会堂建築のためアメリカからボランティアの方々がこられ、交わりを持った事でした。最初は、軽い気持ちで、「アメリカかあ、一度は行ってみたいなあ」、ぐらいに思い、「じゃあ、アメリカで何を学ぶんだろう」、と考えたときに思い当たったのが神学校でした。今後どんな道に召されて行くにしても、御言葉の学びを集中的にしてみたい、との思いがずっと心にあったからです。はじめは、そのような単純で、軽い発想でした。にもかかわらず、一度そう思ってからは自分のいいかげんな動機とは裏腹にことがどんどん進んでいきました。本当に不思議なことですが、すべて神様のご計画だったと思います。

留学を思いついたのは1996年3月ぐらいだったと記憶していますが、4月に大阪にTrinity神学校の学長が来日されお会いする機会が与えられ、5月にはその時たまたまTrinityで学んでいたけれども病気で休学して日本に帰っていたKGKの先輩にお話を聞く事が出来、その上、6月にはアメリカに旅行する事が決まっていたので、旅行ついでにTrinityを見学する機会まで与えられました。同時期にやはりアメリカ留学を考えていた人が、同じ教会に二人もいた、という事も大きな励ましになりました。8月に、会社に正式に辞める事を伝え、12月に渡米、というあわただしいスケジュールがとんとん拍子に決まっていきました。しかし、元々のきっかけがいい加減と申しますか、単純であまり覚悟が決まっていませんでしたので、あまりにも早い展開に心がついていかず、本当にこれでいいのだろうか、と最後まで疑いの心を持っていました。

11月のある日、神様は

「信仰によって、アブラハムは、相続財産として受け取るべき地に出
て行けとの召しを受けたとき、これに従い、どこにいくのかを知らないで、出て行きました。」(ヘブル11:8)

また、

「どうしてそんなにこわがるのです。信仰がないのはどうした事です。」(マルコ4:40)

の御言葉を下さいました。それにより、私はやっと、アメリカ行きを最終的に決断し、御言葉とダンボールを2つだけをもって、渡米しました。

アメリカに来て、最初の半年はコロラド州デンバーで過ごしました。この時は自分にとって一番つらい、試練のときであり、また、自分がどれだけ情けない弱いものなのか、という事を思い知らされるときになりました。自分が今まで、神様に頼っている、といいながら、自分の能力に頼っていた事を改めて知りました。自分が何も出来ない事を知ったとき、頼ったのは、神様ではなくて、人でした。具体的にはノンクリスチャンの人と交際をする事によって、自分の弱さとか、心の寂しさを埋めようとしていたのです。これは自分にとってはあってはならない事でした。語学学校が終わり、もうすぐ日本に一時帰国する、という段階になって、私はいったい何をしているんだろう、神様に自分をささげるためにきたアメリカで、と、我に返りました。情けなくて、こんな状態で日本に帰れないし、神学校にいく事も無理だ、しかしもし神学校にいかないのだったら、私が今アメリカで英語を学んでいる意味もない、ああ、どうしよう、といった、思いを抱えて、ほとんど鬱状態で、帰りの飛行機に乗った事を覚えています。

とはいっても、このデンバーにいた間、神様から完全に離れていた、というわけではありませんでした。もし、神様から離れてしまったなら、自分がアメリカにいる意味が全くなくなってしまうわけですから、それは出来なかったのです。それと、神様から先に得ていた約束と確信、自分がTrinity神学校にいく、ということはものすごくはっきりした確信がありましたので、ほかの道、というのは考えられませんでした。

毎日聖書を読みながら、でも彼との別れを決断することができず、もう今日は神様に見捨てられるかもしれない、もう、神様は何も語ってくれないかもしれない、という思いだったのですが、神様は毎日毎日「愛している。赦している。」と、言い続けてくれました。私はこれまで、神様がここまで忍耐強く、また、忠実で憐れみ深い方だとは知りませんでした。まさに、

「しかし、罪の増し加わる所には恵みも満ちあふれました。それは、罪は死によって支配したように、恵みが、私たちの主イエス・キリストにより、義の賜物によって支配し、永遠のいのちを得させるためなのです。」(ローマ5:20~21)

の御言葉の通りです。
デンバーから日本に帰る前に、私はロサンジェルスに立ち寄りました。JCFN(日本人クリスチャンフェローシップネットワーク)という在米邦人の伝道をしている団体の修養会に参加するためです。その最後の日、神様が語ってくれた言葉は驚くべきものでした。神様はヨハネの21章から私にもう一度問いかけてくださいました。
「あなたはこの人たち以上に私を愛しますか。」と。私はイエス様が十字架にかかるという一番大事なときにイエス様を裏切ったペテロと同じでした。でも、それでも「愛しますか」と聞かれたとき、私は「主よ。あなたはいっさいの事をご存知です。あなたは、私があなたを愛する事を知っておいでになります。」としか答えようがありませんでした。イエス様は驚いた事に、私に「私の羊を飼いなさい。」とおっしゃいました。これはすごい言葉でした。自分はもう、クリスチャンをやる資格もないと思っていました。情けない罪人です。それなのに、神様は「赦す」、という言葉だけではなく、「羊を飼いなさい」といって、私に神様の羊を委ねてくださる、とおっしゃったのです。これは自分にとっては、第二の献身のとき、はっきりとフルタイムでのミニストリーへと召された御言葉でした。

Trinity神学校での2年間の恵みは言葉に尽くす事が出来ません。神様は必要な助けをすべて与えてくださいました。勉強ももちろんですが、精神的、肉体的、そして、霊的に、神様はこんなに祝福してくださった事はかつてない、というぐらいそばにいて、いつも励まし、助け、支えつづけてくださいました。主に人生をゆだねきって主のためだけに生きているようなクリスチャンの友人たちとの交わりを通し、また、経済的な必要がその場その場、見事なタイミングで主から与えられた体験を通し、また、教室での深い深い御言葉の学びを通して、主といつも共にいる事、主により頼んで生きることのすばらしさを知ることができました。

さて、最後に今後の事ですが、現在、在米日本人伝道への重荷が与えられています。デンバーに留学している時、関わったJCFNという団体に導かれようとしています。

自分もそうだったのですが、人がその国を離れ、文化を離れて生活するとき、その人の価値観、人生観は大きく揺り動かされます。その中で、自分の人生をもう一度見つめなおし、福音に対して心を開く日本人は、アメリカには多いのです。もちろん、アメリカが、キリスト教を背景とした文化を持っているので、社会的に受け入れやすいと言う雰囲気もありますが、それでも、今まで日本で福音を聞くことがなかった人が、海外で主に出会うとき、日本より6倍も高い確率でイエス様を信じやすい、という報告を聞いたとき、私は、このまたとない宣教のチャンスを逃してはならない、という思いにさせられていきました。それと同時に、毎年およそ1600人のクリスチャンになった日本人が帰国している、にもかかわらず、日本の教会に3年後につながっているクリスチャンの数が20%を割る、と言う報告を聞くとき、何とかして彼らが日本でクリスチャンとしてますます成長し、日本の教会で主に仕えることができるようになるために手助けしていくことができないだろうか、いう思いが与えられました。具体的にはTrinityの近くにあった大学で日本人バイブルスタディーを持っていく中で、その思いは強められ、そして卒業後もこの働きを通して、主に仕えていきたい、と言う思いが徐々に与えられていきました。

今後どのように主がその道を開いていってくださるかどうかはわかりません。まだ暗中模索中のミニストリーです。自分が日本で帰国者のフォローアップのために働くのか、もしくはアメリカで帰国しても文化の壁を乗り越えたクリスチャンとして独り立ちできるように、信仰をもったばかりのクリスチャンを訓練していくのか、それもわかりません。ただ、道はわからなくても今は、とてもわくわくしています。神様がすでに用意してくださっている場所に期待を持って遣わされたい、と思っています。私自身は何も持たないものですが、神様によって、たった5つのパンと2匹の魚が5000人を養ったように、自分の差し出すパンと魚が神様によって大きく用いられる事を信じます。

「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。」(マタイ16:24)

「ですから、私の愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから。」(1コリント15:58)
1999/01/06
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by yukoozeki | 2009-04-01 14:38 | Testimonies

私が救われた経緯

わたしと神様との出会いは小学校一年生のときにさかのぼります。その頃母が救われ、わたし達兄弟三人を毎週連れて行くようになりました。このように小さいときから教会学校に通っていたので、神様の存在、イエス様のことなど、気がついたときには自然に受け入れていましたし、自分はクリスチャンだ、と思っていました。

中学生活も終わりに近づいた頃、教会の中高生スタッフの人に、「祐子ちゃんは死んだら、絶対に天国に行ける?」と聞かれました。
そのとき私は自信を持って、「はい。」と言うことができませんでした。「たぶん。でもわかりません。」という自分自身の返事にショックを受け、わたしは誘われるままに高校生春キャンプに行きました。

そのときのキャンプのテーマは「アブラハムの生涯」と言うものでした。特に印象に残った話は、神様がソドムとゴモラが滅ぼされるときそれを事前にアブラハムに教えたこと、そしてアブラハムが、そこに住む甥のロトを助けるために、神様に直談判したことでした。親友のように信頼して何でも言い合えるアブラハムと神様の、この二人の親しい関係にびっくりしました。

一方、甥のロトは、アブラハムという叔父さんを持ったおかげで、自分の快楽のために住んだソドムとゴモラの滅びから救い出されましたが、その後も彼は近親相姦の罪を犯したり、後々イスラエル人の敵となるモアブ人の祖先となったり、アブラハムに比べると信仰的でない生活を送ったようです。

メッセージの終わりに先生がひとつの質問をされました。「皆さんはロトが天国に行ったと思いますか?」彼は続けて、「わたしは行ったと思います。アブラハムが、またソドムとゴモラの時のように神様に頼んだのではないでしょうか。」

その晩、私はアブラハムのように神様に何でも話せるほど仲良くないのはどうしてか、と考えていました。自分と神様との関係は、母や兄に仲介してもらわないといけないロトのようだ、と思われたのです。そのときはじめて自分と神様の隔たりになっている罪と、それを取り除くために十字架にかかって死んでくださったイエス様の愛がはっきりとわかりました。わたしは、神様に祈り、罪の赦しと神様との和解を体験しました。

そのときスタッフを通して与えられた御言葉は、

「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」(イザヤ43:4)
です。そのときから、わたしは神様に愛されている自覚と、天国にいける自信を持つことができるようになりました。

その後の生活を今振り返ってみるとき、必ずしも順調だったわけではありませんが、神様は憐れみをもって、導きつづけてくださいました。これからは、自分の受けた恵みを一人でも多くの人に伝えるための働き人として、主に仕えていきたい、と思っています。
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by yukoozeki | 2009-04-01 14:28 | Testimonies