宣教師と妻と母の3つの帽子をかぶりながら奮闘中の宣教主婦、尾関祐子のブログです。北米での日本人宣教と帰国者のフォローアップの宣教団体、JCFNで働いています。JCFNの詳しい働きについては、www.jcfn.orgへ。


by yukoozeki

カテゴリ:Motherhood( 11 )

羽仁もと子さん

CWITから帰ってきてからの1週間、実はムスメ1号のことでいろいろトラブルがあった。

それで、子育てのことをまたいろいろと考えさせられていたのだが、タイムリーにも、シカゴのはちこさんのお宅で羽仁もと子さんの本をお借りしていたので、一気に読んでしまった。

実は恥ずかしながら、今まで羽仁さんの本を読んだことがなかったのですが、一冊読んだ感想としては、「これは、はまりそう~~~~。もっと読んでみたい!!」

もちろん、時代背景とかいろいろ今とは異なることもあるのだけれど、今読んでも全然古くない。
教育「技術」ではなく、クリスチャンとしての信仰を土台とした教育「哲学」が書かれていたので、とってもわかりやすく、心にストン、と落ちてきた。

特に「子供を叱るのとほめるのと」ということについて、「うわべだけでほめても、一時的な効果はあっても、長期的には、技巧的な教育者と軽薄に慢心した子供ができあがるだけ」というくだりがあり、

「うーーん。確かに。」とうならされ、納得させられ。

今どきの子育ての本とかの主流は「とりあえずほめる」っていう感じなので、私もなるべく努力してムスメたちをほめるようにしてきた。

それは全然悪いことではないとは思うし、けなされるよりもほめられるほうが人間すくすくと育つとは今も思う。しかし、今回のムスメの学校でのトラブルなどを見るときに、やはりしっかりとムスメと対決し、諌めたり、諭し教えたり、の部分が欠けていたからなのでは?と思い当たる節があったので、なるほど、子育ては、口先や態度だけの技術ではない、人格対人格の真剣勝負なのだ、と改めて教えられたような気がした。

そして、それは子育てだけでなく、クリスチャンとしてほかの人の成長に関わるときも同じ。
その人が受け入れられていると感じることのできる態度や言葉はある程度技術で身に着けることができる。でも、本気でその人の人格と関わり愛することは、技術だけではできない。

子育てについて、また弟子訓練について、色々と考えさせられる本だった。
読む機会が与えられたことを感謝。
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by yukoozeki | 2014-03-05 14:31 | Motherhood

カナの結婚式

昨日ムスメ1号に、聖書物語を読んであげていたときのこと。

「カナのけっこんしき~お母さんの心配」
っていうやつだったのですが。

a0122207_9573374.jpgめて発見したことは、「そうか、イエス様の最初の奇跡をActivateしたのは、母マリヤの信仰だったのか。」ということ。
よく考えると、これまでイエス様は奇跡を行っていなかったわけで。
もちろん、弟子たちを何人か連れ歩きはじめてはいたけれど、あまり知名度もなく。

そんな状況の中、イエス様が奇跡を行うに値する?だけの信仰をもってイエス様に期待したのは母マリヤだった、ということに改めて感動を覚えた。

(あんた、絵本の副題間違ってるよ。「お母さんの心配」どころか「お母さんの大胆な信仰」にすべきですよ、みたいな突っ込みを入れてみたりして。)

実は前々から、どうしてイエス様は、水をぶどう酒に変える奇跡を、最初の奇跡として行ったんだろう、と疑問に思っていた。誰かの命に関わる重要時でもないし、一番心配すべき、花嫁と花婿は、ぶどう酒がなくなっていることにも気がついてかどうか疑わしいし。

で結論としてはなんとなく、イエス様って私たちの必要すべてに目を配ってくださっているんだなあ、とぐらいに思っていたのだけれど。

それだけじゃないんだね。やっぱ、奇跡の働く裏には信仰があったのだ。
イエス様に、「私のときはまだきていません。」とか結構否定的なことを言われたにも関わらず、「あの人に何か言われたらそのとおりにしてね。」と使用人に言う姿とか、ほんと、あっぱれである。

他にもいのちに関わらない奇跡として5000人の給食とか、魚がたくさん釣れたりとか、っていうのはあるけれど、どちらかというと、あれはイエス様の方から弟子たちへの信仰のチャレンジとして行われた奇跡っていう印象が強いし。ほんと、カナの婚礼はイエス様の奇跡としてはかなり珍しい、気がする。

で、特に結論というのはないのですが、ひたすら

マリヤの信仰はやっぱりすげぇ!さすがイエス様の母に選ばれただけあるなあ、と感動したため、メモのため記録しておく。

聖書絵本もばかにしたものじゃない。
ムスメにもっと聖書物語を読んであげよう、と改めて思ったひと時でした。

PS ちなみにムスメ1号の反応は、
「これカナちゃんの結婚式のお話?」
ムスメよ、それはちょっと違う....。
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by yukoozeki | 2012-03-08 10:01 | Motherhood

母の愛、子どもの愛

母の愛は、地上で一番神様の無条件の愛に近い、と聞いていた。

が、ところがどっこい。

母になって以来、自分の愛のなさにはあきれるばかり。とほほ。

毎日イライラしない日は皆無に近いし、0歳児と3歳児が同時多発でギャン泣きした日には、こちらも一緒に爆発したくなるし。(そして被害をこうむるのは大抵の場合、可愛そうなオットである。)

が。

昨日、幼稚園の先生をしている友人が、

「お母さんっていうのは本当にすごい。どんなにひどい母親であっても、お母さんであるだけで、子どもにとっては十分なんだよ。子どもが望むことって、基本的にはお母さんと一緒にいたい、かまってほしいってことだけ。それだけでうれしくて、満たされちゃう。どんなに立派な幼稚園の先生も、ダメダメな母親にはかなわない。『母親』っていうのは神様が女性に与えている最高の召しだよね。」

というようなことを言ってくれた。


で、母親の子どもに対する影響力の大きさについては、何度も聞いていたし、そのとおりだなあ、と、そのこと自体は目新しいことではなかったのだけれど、今回このことばを聞きながら気づかされたことは、

あー、なるほど。


無条件に近い愛で愛されているのは実は私の方だったのか、ということ。


どんなに私が不機嫌になっても、時に理不尽に接しても、それでも次の瞬間には、「マミー、あのね...」と近寄ってきてくれる子どもたち。

ま、もちろん思春期になったらこうはいかないんだろうけどね...。

今のこの時期、神様からのたくさんの愛と忍耐を私に教えてくれているんだなあ。

そんなことを思っていたら、今日は一日少しだけ穏やかに、子どもたちにもやさしく接することができたような気がする。

神様、感謝します。
ムスメたちよ、ありがとう。
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by yukoozeki | 2011-10-14 14:52 | Motherhood

親と遊ぶことの大切さ

前にブログを書いてから、引越し、出産、と続き、あっという間に2ヶ月以上経ってしまった。
子どもが2人に増えて、さらに時間がなくなり、機動力は0に近いものがあるが、それでも少しずつ日常生活が戻ってきているような気がすることを感謝。


さて、ちょっと印象に残ったことがあったので書き留めておこう。


今日ムスメ1号、2号を近くの公園に連れていき、ブランコに乗せていると、インド人(多分)の子どもが、「私の背中も押してよ。」と言ってきた。見渡すが、彼女の親らしき人はいない。
そういえば、名札をぶら下げている。他にも10人ほどの子どもが同じような名札をぶら下げていた。近くのデイケアに預けられている子どもたちをまとめてこの公園で遊ばせているらしい。

二人の背中を押し始めた。結構体力を使う。

しばらく押し続けながら、思った。ムスメ1号はまだ2歳だから背中を押してやるのはやぶさかではないが、この子はどう見ても5歳はいっている様子だ。自分でこげないのだろうか?

ちょうどムスメ1号にも最近「足を伸ばして、まげて、伸ばして、まげて。自分でこいでごらん。」と教えていたので、その子にも、「自分でこいでごらん。足伸ばして~、曲げて~~」と言ってみる。

しかし、あまり彼女はやる気がないようで、「もっと強く背中を押してよ。もっともっと!」

その様子を見ていた白人のお母さんが、私に話しかけてきた。

「デイケアの子達は、自分でブランコをこぐことを知らない子が多いのよね。親と一緒に公園に来たことがないんだわ。だって、親と一緒に来ていたら、親は楽したいから、こぎ方を教えるでしょ。」


へぇええええええええ。
そんなものなのか。


小さなことだけど、親と一緒に遊ぶ子とそうでない子の差があるんだなあ。ちょっとびっくり。

でも、私も人のことを言えたものではない。

ムスメ2号の出産の時、母が7週間手伝いに来てくれたのだが、毎日みっちりとムスメ1号と向かい合い、しっかり遊んでくれた。そのおかげで、ムスメ1号は折り紙やら、はさみの使い方やら、数の数え方やら、塗り絵やら、やたらと学び、めきめきと急成長したのだ。

私はこんな風にムスメと真剣に向かい合って何かを教えるということをしていなかったので、非常に反省させられた。

子供は、真剣に向かい合ってくれる大人から色々なことを学ぶのだ。

仕事に復帰しても、時間を作ってなるべく子どもと一緒に遊ばないといけないなあ、と改めて思わされた産休平日の昼下がりであった。
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by yukoozeki | 2011-06-04 07:41 | Motherhood

敬天愛人

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敬天愛人、という本を読み始めた。ハウスチャーチの福田充男氏が書いた本だが、シンプル且つ実践的で、「やってみてなんぼ」と本当に思わせる内容で、チャレンジに満ちている。

まだ全部読んでいないけれど、今日心に留まった箇所は、デボーションの中で神様にいつも6つの質問をしなければならない、といったくだりのところ。

単に祈るだけでなく、神様の御心を聞き分けるために神様に質問をして、その答えを聞くための時間を取る、というところだが、その中の一つの質問は、

「神様、今日私が仕えるべき人はだれですか?」

というもの。

実は先週末に熱を出したムスメは昨日の晩からまた体調が悪くなり、今日も幼稚園を休ませている。おかげで、私は人と会う予定をキャンセルし、Officeにもいけず、家に引きこもり、仕事もろくにできない、という状態で少しフラストレーションを感じていたのだが、

この質問を読んだとき、神様に、

「今日あなたが仕えるべき人は、あなたのムスメですよ。」

と語られたような気がした。

なるほど、それが神様の御心ならば、と思ったとたん、それまでのイライラがすーーーっとなくなったような気がした。

神様の声を聞く練習、実体験版ですな。

この本についてはまた再度しっかりと取り上げてみたい。
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by yukoozeki | 2010-11-05 05:14 | Motherhood

Dependance

朝、ムスメの起きたときの第一声は、

「マ~~~ミ~~~」

である。

しばらくほっておくと、「マ~~~ミ~~~、マ~~~ミ~~~」と呼びながら、だんだんそれが泣き声に変わっていく。

部屋に入っていって声をかけて抱っこすると、やっと安心してにっこり笑う。

うーん。

私は朝起きたときから、ムスメが私を呼び求めているほどに、主を呼び求めているだろうか、と今日のデボーションの中で語られた。

「今、こうして、乳離れした幼児のように、神様の前でおとなしくしています。...イスラエルよ、
おまえもまた、今だけでなく、いつまでも、静かに神様に信頼していなさい。」(詩篇131:2-3:リビングバイブル)
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by yukoozeki | 2010-10-30 22:55 | Motherhood

びっくりした

今日お昼、食事の後片付けをしていたら、ムスメが消えた。
あれ?どこへ?

と思って探したところ....

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私たちのベッドにもぐりこんで勝手に昼寝していた。

日々寝かしつけに苦労している親としては、毎日これだったら楽でいいなあ、と思ったけど、きっと明日はやってくんないんだろうな。
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by yukoozeki | 2010-09-18 05:26 | Motherhood
我が家は、ほとんどムスメに服を買ってあげたことがない。

感謝なことにムスメより少し大きな子どもさんをもっているお宅が小さくなった服をまわしてくださるからだ。

これは、本当に、本当に、本当に、助かる。


ちなみに、わがムスメは平均よりもはるかにデカイ。
日本の発育グラフを見ると、身長など100%を越えてはみ出てしまっているぐらいだ。

スクスクと成長してくれるのはいいが、あっという間に服が着れなくなる。
そして、この春ムスメの服は尽きてしまったかのように思えた。
春・夏の服が、ない。

どうしよう、服を買うべきか?
悶々と悩みつつ、未だに冬のトレーナーを着せていた私。←ちょっともう暑いよねー。
ムスメよ、ごめん。

そんな日々を過ごす中、あるクリスチャン系雑誌の記事を読んだ。
そしてある方の証が目に留まった。病院通いのボランティアをしていて、毎日徒歩で何十分もかけて歩いていたが、夏になり暑い中汗をだらだらかきながら歩くのが大変になり、神様に、「自転車、自転車、自転車~~~~。」と叫んで祈ったところ、とっても上等で乗り心地のよい自転車が与えられた、という証だった。

お~~~。

なんだか、とっても新鮮だ!!
彼女の素直さ、率直さと祈りに答えてくださる神様のすばらしさに感動。
そういえば、最近、こういう祈り、してないなー!!!


というわけで早速実践。


「神様、ムスメの服~~~。服服服~~~~~!!」← あほか!w



祈り続けて3日目。



服がどさっとやってきた。神様、早い!



涙涙。



天のおとうちゃ~~~~ん。わがまま娘の祈りを聞いてくれてありがとう~~~~~~!!!
これで、ムスメに季節相応の服を着せてやれます~~~。
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by yukoozeki | 2010-04-28 15:37 | Motherhood
日本から帰ってきて、そろそろ2週間が経とうとしている。が、この2週間、実は子育てがしんどくて、何度かキレたりしている。日本にいたときはなんだかんだ家族と一緒だったから気がまぎれていたけど、こっちに戻ってきたら、ムスメと一対一で向かい合う時間が長いからかもしれない。

はぁ。

しかし、通読の民数記を読みながら慰められたりもしている。

なぜなら、モーセが度々、文句ばかり言っているイスラエルの民にキレているからだ。
それだけじゃない。
神様だってキレてる。「こいつら、もうほろぼ~~す!!!」とか言いながら。

それを読みながら、「ふふふ。私とおんなじ~~~。」とほくそ笑んでいる。(←あはは。なんとおこがましい。自分をモーセはともかく神様と同列に置くとは。)

で、思った。
そうか~、愛しているから忍耐するし、たとえキレても見捨てないんだよな~、と。

よく旧約聖書の神様は義の神様で怖い。で、新約聖書の神様は愛の神様、とかって言うけど、あれ、ほんと間違っている、ってつくづく思う。

イスラエルを導き続ける神様は、キレながらも絶対にイスラエルを見捨てない。
どこまでも忍耐をもって育て続けて下さっている。なぜなら愛しているから。

逆に愛しているからこそ、キレる。
絶対にこうやった方が祝福なのに、イスラエルが言うこと聞かないから。
愛がなかったらキレたりしない。すーっと適当に距離を置いて無責任になればいい。
イスラエルがどこに行こうと何があろうと気にしなければいい。

でも気にするからこそ、生きて欲しいからこそ、祝福を与えたいからこそ、あそこまで忍耐してカナンの地に導き、そして、約束の地でも、何度も警告を与え、教え、戒め、やしない育てているんだ。

お~~~、これってまさに親の愛。

ま、私の場合はキレる原因はもっと利己的な理由であることが多いんですが。(たとえば、自分の睡眠時間や自由時間の確保だとか。ほほほ。)

モーセとおんなじ。神様とおんなじ。そう思ったら、たまにはキレるのもいいか、と慰められた。
(←そーなのか?ほんとに?)

とはいうものの。

それでもブレイクは必要。というわけで今日は愛するオットがキレる私を気遣って、半日ムスメを預かってくれ、私を外に出してくれました。感謝。
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by yukoozeki | 2010-04-11 10:38 | Motherhood

危険な祈り

子持ち宣教主婦にとって、子供のお昼寝の時間は貴重な仕事時間である。

そしてうちのムスメはなぜかあまり寝ない。涙。

なので、ムスメが長い間お昼寝してくれますように、と先日もタッフ会議で祈ってもらった。

次の日はM子ちゃんの誕生日パーティ、メニューは豪勢にも手巻き寿司だった。
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いつも私たちがご飯を食べていると寄ってくるムスメをおとなしくさせるため、彼女をハイチェアーに座らせ、何か食べるものは...っと見ると、寿司飯と海苔。

ムスメはご飯も海苔も大好きなので、大丈夫だろう、と思って食べさせたら案の定おとなしくぱくぱくと食べていたのでこちらも集中して大人の話をすることができた。

のだが。

その夜。

起きるのだ。1時間おきごとに。寝付いたと思ったら起きる。そして泣き出す。ほっておいても泣き止まない。仕方ないから抱っこしたり、ミルクをあげたり、泣き声でオットを起すのも悪いと思いリビングへ行って一緒に寝たり...を繰り返して明け方に。明け方からは早起きのオットがムスメを見てくれていたので、その間に爆睡した。

こんなに頻繁に起きるのは、新生児のとき以来で、変になつかしく思ったり、また1年経って子育てが随分楽になったことを感謝しながら、つらつらと考えていた。なぜ彼女は起きるのか。

思い当たる原因は一つだけ。

寿司飯。

おそらく砂糖の量が多くてハイパーになってしまった上、しょっぱすぎてのどが渇いてしまったに違いない。
まだまだ薄味の離乳食の彼女にとっては刺激が強すぎたのだ。大失敗。

というわけで。

次の日はいつになく長い時間昼寝をしてくれたムスメ。

おかげでしっかり仕事はできたけど、私もふらふら。
祈りは答えられたので感謝だったが、次はもう少し考えて祈ることにしよう。

下の写真はM子ちゃんの誕生日パーティ。
おなかも心も満たされてみんなにこにこ。

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by yukoozeki | 2009-08-22 14:59 | Motherhood