宣教師と妻と母の3つの帽子をかぶりながら奮闘中の宣教主婦、尾関祐子のブログです。北米での日本人宣教と帰国者のフォローアップの宣教団体、JCFNで働いています。JCFNの詳しい働きについては、www.jcfn.orgへ。


by yukoozeki

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Whatever it takes

今年もWITの季節がやってきた。WITというのは、Whatever It Takesのことで、JCFNが3年前にはじめたリーダーシップキャンプのこと。

昨日はその準備ミーティングであり、アメリカ各地の準備委員たちが、な、な、なんと、スカイプで、5時間半にわたる会議が行われた。(ひ~、大変!みなさん、お疲れ様でした。)

私も、相変わらずミニストリーに理解のあるオットにムスメを託してほとんどの時間は会議に参加することができたのだ。が。

実は私は本番WITには参加することができない。
というのは、このWIT、ECやAll Nationsと違って、少人数制のブートキャンプみたいなもの。
肉体的にも精神的にも結構ハードでしかもチームで動くため、部分参加ができないからなのだ。
ちょっと授乳中の子持ちには無理。

去年はニンプであったものの、参加する気満々で準備してきた。んが、WIT一週間前に産気づき産休に突入。(みなさん、ご迷惑をおかけしました。)

で、今年。
はっきり言って参加できないとわかっていて準備をするのは、遠足にいけないとわかっているのに、おやつとバナナを買う小学生のようなモノだ。試合にでれないとわかっていて、バスケの練習をする中学生のようなモノだ。(なぜバスケ?)

で、参加しないんだったら準備もしなくていいのでは??
と思ったりもしたのですが。

JCFNのミニストリーが今リーダーシップってことにすごくフォーカスしつつあるし、これに関わらないというのは、なんとなく神様がJCFNにされようとしている御業を見損なう気がする。

しかし、かと言って、ムスメと3日間丸々離れてキャンプに参加っていうもありえない。(しかも今年のWIT中、ムスメはめでたく1歳の誕生日を迎える。はじめての誕生日におかーちゃんがいない、っていうのもどうなの??と)


それで、色々ふっきれないものの、ミーティングには参加した。が、未だ答えはでず。今朝もうつうつそのことを考えていたのだった。

そもそもWhatever It Takesってどういう意味なのだろうか、私にとって。
独身時代は、たとえば、それはミニストリーのために徹夜でカンファレンスの準備をしたり(なんて体育会系な職場だ!)やりたくない会計の仕事を黙々とやり続けることだったりしたのだ、が。

ライフステージが変わって、Whatever It Takesの意味がきっと変わってきているんだなあ、と思ったのです。

今日はデボーションの中で、

「わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道は、あなたがたの道と異なるからだ。-主の御告げ。-
天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。」(イザヤ55:8-9)

と語られました。



...そーかい。私の思いと神様の思いは違うんかい。.....



....当分答えの出ない日々が続きそうです。
しかし、神様の計画は着々と進行しているのでしょう。WITに関しても私に関しても。
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by yukoozeki | 2009-04-21 13:57 | Daily Ministry

結婚に導かれた経緯

私は幼いときから母に連れられて教会に行き、人生のほとんどをイエス様と共に歩むという恵みの中で育ちました。ですから、尾関さんに交際を申し込まれ、はじめてお互いの生まれ育った背景や救いの証をしあったとき、本当に面白いぐらい違う人生を歩んできたんだなあ、としみじみ感じました。

クリスチャンの結婚の導きの証を聞くとき、夢の中で名前が示された、とか、超自然的に導かれた話を聞くことがありますが、私たちの場合は、そのようなびっくりするような出来事はなく、ただ日々の歩みの中で、また、お互いに知り合っていくプロセスの中で、神さまが2人の心に結婚への思いと確信を与え、導いてくださったと思います。高校生ぐらいの時から教会のスタッフやいろいろな人たちに、結婚のために具体的に条件をあげて祈りなさい、と言われていましたが、私の条件は、「尊敬できる人」「リーダーシップのある人」そして、「日本人宣教に重荷のある人」の3つでした。神さまはこのリクエストをすべて答えてくださる人を与えてくださったと心から感謝しています。

結婚を考えていくにあたって一番チャレンジだったのことは、これから自分のミニストリーはどうなっていくのだろう、ということでした。実は、昨年の年末の修養会で私はすごく恵まれ満たされる経験をして、その中で、「神さま、私は本当にあなたの近くにいて、この素晴らしいミニストリーを続けていきたいです。もし、結婚がこの働きが妨げるなら、一生結婚しなくても大丈夫です。あなたが働いているこの場所にいるだけで私は本当に幸せです。」とお祈りしていたのです。ですから、2週間後に彼から交際を申し込まれた時、「あれ?神さま、ちょっと祈ったことと違うんですけど。」とかなり戸惑いました。

しかし、御心を求めていく中で、神さまが私に与えて下さろうとしているものは、本当に十分過ぎるほどによいものであり、また、ヨハネ15章16~17節の

「あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも、父があなたがたにお与えになるためです。あなたがたが互いに愛し合うこと、これが、わたしのあなたがたに与える戒めです。」

というみことばにより、この結婚が神さまの選びあることと、今度は一人ではなく二人として遣わされること、そして、実を結んでいくのだ、ということを確信することができました。

これからのミニストリーの中で、2人の違うバックグランドや性格がどのように用いられていくのか楽しみです。ミニストリーの範囲も、学生だけでなく社会人や主婦の人たちにも広げられつつあります。少しずつ引き続き皆さんのお祈りをよろしくお願いいたします。ありがとうございました。

2006年9月10日
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by yukoozeki | 2009-04-01 14:40 | Testimonies
「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」(イザヤ43:4)

私は高校一年生になる15歳の春にイエス様を自分の救い主として、受け入れました。そして、高校2年生のときに、自分を神様に生涯おささげします、という祈りをささげました。どのような形かわかりませんが、神様用いてください、という祈りだったと思います。それから大学に入り、2年生のときに神様からはっきりと、召しの御言葉が与えられました。それは2テモテ2:15

「あなたは、熟練した者、すなわち、真理の御言葉をまっすぐに解き明かす、恥じる事のない働き人として、自分を神にささげるよう勤め励みなさい。」

という御言葉です。そのときから、真剣に「自分を神にささげる」というのはどういう意味だろう、どのように自分は神様に用いていただく事が出来るようになるだろう、と考えるようになりました。大学4年になり、就職を考えるときに神学校にいく道を考えましたが、父の死が重なったことと、どんな形であっても神様が召してくださる所で働くのが献身だ、という思いが与えられ、普通の企業に就職する事になりました。この3年間は今思えば、社会を知る事の出来る、貴重なときだったと思います。しかし、今までKGKを通して、また、教会の中高生会ののスタッフをすることによって御言葉漬けだった大学のときに比べ、信仰はかなりダウンし、教会に通い、デボーションを形式的にするのが精一杯、という毎日だったと記憶しています。

そのような私にも転機が訪れました。アメリカ留学です。この事を最初に考えたきっかけは、阿武山福音自由教会会堂建築のためアメリカからボランティアの方々がこられ、交わりを持った事でした。最初は、軽い気持ちで、「アメリカかあ、一度は行ってみたいなあ」、ぐらいに思い、「じゃあ、アメリカで何を学ぶんだろう」、と考えたときに思い当たったのが神学校でした。今後どんな道に召されて行くにしても、御言葉の学びを集中的にしてみたい、との思いがずっと心にあったからです。はじめは、そのような単純で、軽い発想でした。にもかかわらず、一度そう思ってからは自分のいいかげんな動機とは裏腹にことがどんどん進んでいきました。本当に不思議なことですが、すべて神様のご計画だったと思います。

留学を思いついたのは1996年3月ぐらいだったと記憶していますが、4月に大阪にTrinity神学校の学長が来日されお会いする機会が与えられ、5月にはその時たまたまTrinityで学んでいたけれども病気で休学して日本に帰っていたKGKの先輩にお話を聞く事が出来、その上、6月にはアメリカに旅行する事が決まっていたので、旅行ついでにTrinityを見学する機会まで与えられました。同時期にやはりアメリカ留学を考えていた人が、同じ教会に二人もいた、という事も大きな励ましになりました。8月に、会社に正式に辞める事を伝え、12月に渡米、というあわただしいスケジュールがとんとん拍子に決まっていきました。しかし、元々のきっかけがいい加減と申しますか、単純であまり覚悟が決まっていませんでしたので、あまりにも早い展開に心がついていかず、本当にこれでいいのだろうか、と最後まで疑いの心を持っていました。

11月のある日、神様は

「信仰によって、アブラハムは、相続財産として受け取るべき地に出
て行けとの召しを受けたとき、これに従い、どこにいくのかを知らないで、出て行きました。」(ヘブル11:8)

また、

「どうしてそんなにこわがるのです。信仰がないのはどうした事です。」(マルコ4:40)

の御言葉を下さいました。それにより、私はやっと、アメリカ行きを最終的に決断し、御言葉とダンボールを2つだけをもって、渡米しました。

アメリカに来て、最初の半年はコロラド州デンバーで過ごしました。この時は自分にとって一番つらい、試練のときであり、また、自分がどれだけ情けない弱いものなのか、という事を思い知らされるときになりました。自分が今まで、神様に頼っている、といいながら、自分の能力に頼っていた事を改めて知りました。自分が何も出来ない事を知ったとき、頼ったのは、神様ではなくて、人でした。具体的にはノンクリスチャンの人と交際をする事によって、自分の弱さとか、心の寂しさを埋めようとしていたのです。これは自分にとってはあってはならない事でした。語学学校が終わり、もうすぐ日本に一時帰国する、という段階になって、私はいったい何をしているんだろう、神様に自分をささげるためにきたアメリカで、と、我に返りました。情けなくて、こんな状態で日本に帰れないし、神学校にいく事も無理だ、しかしもし神学校にいかないのだったら、私が今アメリカで英語を学んでいる意味もない、ああ、どうしよう、といった、思いを抱えて、ほとんど鬱状態で、帰りの飛行機に乗った事を覚えています。

とはいっても、このデンバーにいた間、神様から完全に離れていた、というわけではありませんでした。もし、神様から離れてしまったなら、自分がアメリカにいる意味が全くなくなってしまうわけですから、それは出来なかったのです。それと、神様から先に得ていた約束と確信、自分がTrinity神学校にいく、ということはものすごくはっきりした確信がありましたので、ほかの道、というのは考えられませんでした。

毎日聖書を読みながら、でも彼との別れを決断することができず、もう今日は神様に見捨てられるかもしれない、もう、神様は何も語ってくれないかもしれない、という思いだったのですが、神様は毎日毎日「愛している。赦している。」と、言い続けてくれました。私はこれまで、神様がここまで忍耐強く、また、忠実で憐れみ深い方だとは知りませんでした。まさに、

「しかし、罪の増し加わる所には恵みも満ちあふれました。それは、罪は死によって支配したように、恵みが、私たちの主イエス・キリストにより、義の賜物によって支配し、永遠のいのちを得させるためなのです。」(ローマ5:20~21)

の御言葉の通りです。
デンバーから日本に帰る前に、私はロサンジェルスに立ち寄りました。JCFN(日本人クリスチャンフェローシップネットワーク)という在米邦人の伝道をしている団体の修養会に参加するためです。その最後の日、神様が語ってくれた言葉は驚くべきものでした。神様はヨハネの21章から私にもう一度問いかけてくださいました。
「あなたはこの人たち以上に私を愛しますか。」と。私はイエス様が十字架にかかるという一番大事なときにイエス様を裏切ったペテロと同じでした。でも、それでも「愛しますか」と聞かれたとき、私は「主よ。あなたはいっさいの事をご存知です。あなたは、私があなたを愛する事を知っておいでになります。」としか答えようがありませんでした。イエス様は驚いた事に、私に「私の羊を飼いなさい。」とおっしゃいました。これはすごい言葉でした。自分はもう、クリスチャンをやる資格もないと思っていました。情けない罪人です。それなのに、神様は「赦す」、という言葉だけではなく、「羊を飼いなさい」といって、私に神様の羊を委ねてくださる、とおっしゃったのです。これは自分にとっては、第二の献身のとき、はっきりとフルタイムでのミニストリーへと召された御言葉でした。

Trinity神学校での2年間の恵みは言葉に尽くす事が出来ません。神様は必要な助けをすべて与えてくださいました。勉強ももちろんですが、精神的、肉体的、そして、霊的に、神様はこんなに祝福してくださった事はかつてない、というぐらいそばにいて、いつも励まし、助け、支えつづけてくださいました。主に人生をゆだねきって主のためだけに生きているようなクリスチャンの友人たちとの交わりを通し、また、経済的な必要がその場その場、見事なタイミングで主から与えられた体験を通し、また、教室での深い深い御言葉の学びを通して、主といつも共にいる事、主により頼んで生きることのすばらしさを知ることができました。

さて、最後に今後の事ですが、現在、在米日本人伝道への重荷が与えられています。デンバーに留学している時、関わったJCFNという団体に導かれようとしています。

自分もそうだったのですが、人がその国を離れ、文化を離れて生活するとき、その人の価値観、人生観は大きく揺り動かされます。その中で、自分の人生をもう一度見つめなおし、福音に対して心を開く日本人は、アメリカには多いのです。もちろん、アメリカが、キリスト教を背景とした文化を持っているので、社会的に受け入れやすいと言う雰囲気もありますが、それでも、今まで日本で福音を聞くことがなかった人が、海外で主に出会うとき、日本より6倍も高い確率でイエス様を信じやすい、という報告を聞いたとき、私は、このまたとない宣教のチャンスを逃してはならない、という思いにさせられていきました。それと同時に、毎年およそ1600人のクリスチャンになった日本人が帰国している、にもかかわらず、日本の教会に3年後につながっているクリスチャンの数が20%を割る、と言う報告を聞くとき、何とかして彼らが日本でクリスチャンとしてますます成長し、日本の教会で主に仕えることができるようになるために手助けしていくことができないだろうか、いう思いが与えられました。具体的にはTrinityの近くにあった大学で日本人バイブルスタディーを持っていく中で、その思いは強められ、そして卒業後もこの働きを通して、主に仕えていきたい、と言う思いが徐々に与えられていきました。

今後どのように主がその道を開いていってくださるかどうかはわかりません。まだ暗中模索中のミニストリーです。自分が日本で帰国者のフォローアップのために働くのか、もしくはアメリカで帰国しても文化の壁を乗り越えたクリスチャンとして独り立ちできるように、信仰をもったばかりのクリスチャンを訓練していくのか、それもわかりません。ただ、道はわからなくても今は、とてもわくわくしています。神様がすでに用意してくださっている場所に期待を持って遣わされたい、と思っています。私自身は何も持たないものですが、神様によって、たった5つのパンと2匹の魚が5000人を養ったように、自分の差し出すパンと魚が神様によって大きく用いられる事を信じます。

「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。」(マタイ16:24)

「ですから、私の愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから。」(1コリント15:58)
1999/01/06
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by yukoozeki | 2009-04-01 14:38 | Testimonies

私が救われた経緯

わたしと神様との出会いは小学校一年生のときにさかのぼります。その頃母が救われ、わたし達兄弟三人を毎週連れて行くようになりました。このように小さいときから教会学校に通っていたので、神様の存在、イエス様のことなど、気がついたときには自然に受け入れていましたし、自分はクリスチャンだ、と思っていました。

中学生活も終わりに近づいた頃、教会の中高生スタッフの人に、「祐子ちゃんは死んだら、絶対に天国に行ける?」と聞かれました。
そのとき私は自信を持って、「はい。」と言うことができませんでした。「たぶん。でもわかりません。」という自分自身の返事にショックを受け、わたしは誘われるままに高校生春キャンプに行きました。

そのときのキャンプのテーマは「アブラハムの生涯」と言うものでした。特に印象に残った話は、神様がソドムとゴモラが滅ぼされるときそれを事前にアブラハムに教えたこと、そしてアブラハムが、そこに住む甥のロトを助けるために、神様に直談判したことでした。親友のように信頼して何でも言い合えるアブラハムと神様の、この二人の親しい関係にびっくりしました。

一方、甥のロトは、アブラハムという叔父さんを持ったおかげで、自分の快楽のために住んだソドムとゴモラの滅びから救い出されましたが、その後も彼は近親相姦の罪を犯したり、後々イスラエル人の敵となるモアブ人の祖先となったり、アブラハムに比べると信仰的でない生活を送ったようです。

メッセージの終わりに先生がひとつの質問をされました。「皆さんはロトが天国に行ったと思いますか?」彼は続けて、「わたしは行ったと思います。アブラハムが、またソドムとゴモラの時のように神様に頼んだのではないでしょうか。」

その晩、私はアブラハムのように神様に何でも話せるほど仲良くないのはどうしてか、と考えていました。自分と神様との関係は、母や兄に仲介してもらわないといけないロトのようだ、と思われたのです。そのときはじめて自分と神様の隔たりになっている罪と、それを取り除くために十字架にかかって死んでくださったイエス様の愛がはっきりとわかりました。わたしは、神様に祈り、罪の赦しと神様との和解を体験しました。

そのときスタッフを通して与えられた御言葉は、

「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」(イザヤ43:4)
です。そのときから、わたしは神様に愛されている自覚と、天国にいける自信を持つことができるようになりました。

その後の生活を今振り返ってみるとき、必ずしも順調だったわけではありませんが、神様は憐れみをもって、導きつづけてくださいました。これからは、自分の受けた恵みを一人でも多くの人に伝えるための働き人として、主に仕えていきたい、と思っています。
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by yukoozeki | 2009-04-01 14:28 | Testimonies