宣教師と妻と母の3つの帽子をかぶりながら奮闘中の宣教主婦、尾関祐子のブログです。北米での日本人宣教と帰国者のフォローアップの宣教団体、JCFNで働いています。JCFNの詳しい働きについては、www.jcfn.orgへ。


by yukoozeki

私が救われた経緯

わたしと神様との出会いは小学校一年生のときにさかのぼります。その頃母が救われ、わたし達兄弟三人を毎週連れて行くようになりました。このように小さいときから教会学校に通っていたので、神様の存在、イエス様のことなど、気がついたときには自然に受け入れていましたし、自分はクリスチャンだ、と思っていました。

中学生活も終わりに近づいた頃、教会の中高生スタッフの人に、「祐子ちゃんは死んだら、絶対に天国に行ける?」と聞かれました。
そのとき私は自信を持って、「はい。」と言うことができませんでした。「たぶん。でもわかりません。」という自分自身の返事にショックを受け、わたしは誘われるままに高校生春キャンプに行きました。

そのときのキャンプのテーマは「アブラハムの生涯」と言うものでした。特に印象に残った話は、神様がソドムとゴモラが滅ぼされるときそれを事前にアブラハムに教えたこと、そしてアブラハムが、そこに住む甥のロトを助けるために、神様に直談判したことでした。親友のように信頼して何でも言い合えるアブラハムと神様の、この二人の親しい関係にびっくりしました。

一方、甥のロトは、アブラハムという叔父さんを持ったおかげで、自分の快楽のために住んだソドムとゴモラの滅びから救い出されましたが、その後も彼は近親相姦の罪を犯したり、後々イスラエル人の敵となるモアブ人の祖先となったり、アブラハムに比べると信仰的でない生活を送ったようです。

メッセージの終わりに先生がひとつの質問をされました。「皆さんはロトが天国に行ったと思いますか?」彼は続けて、「わたしは行ったと思います。アブラハムが、またソドムとゴモラの時のように神様に頼んだのではないでしょうか。」

その晩、私はアブラハムのように神様に何でも話せるほど仲良くないのはどうしてか、と考えていました。自分と神様との関係は、母や兄に仲介してもらわないといけないロトのようだ、と思われたのです。そのときはじめて自分と神様の隔たりになっている罪と、それを取り除くために十字架にかかって死んでくださったイエス様の愛がはっきりとわかりました。わたしは、神様に祈り、罪の赦しと神様との和解を体験しました。

そのときスタッフを通して与えられた御言葉は、

「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」(イザヤ43:4)
です。そのときから、わたしは神様に愛されている自覚と、天国にいける自信を持つことができるようになりました。

その後の生活を今振り返ってみるとき、必ずしも順調だったわけではありませんが、神様は憐れみをもって、導きつづけてくださいました。これからは、自分の受けた恵みを一人でも多くの人に伝えるための働き人として、主に仕えていきたい、と思っています。
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# by yukoozeki | 2009-04-01 14:28 | Testimonies